・日本語以外で考えるってどういう感じなんだろう。仲良くなりたい相手のあたまの中が自分とは違う言語で構築されている場合、共感には翻訳を要するので、直感的な想像が難しい。でもできるようになりたい。
・言葉は関係ないのかもしれないけど。母語話者どうしでも無理なものは無理という時もあるし、逆もあるだろうとも思う。
・いま私が英語で書かれた文章を読むとき、ただ翻訳をするだけでなく、そこに込められたものを感じ取りたいと必死になっている。意味とか熱量というよりは、リズムとか音の重ね方とか、身体的ななにか。とすれば私もそれを意識して書いていたのか。確かにそうかもしれない。
・このように、私はこのあと訪れるかもしれない日々について、徹底的にコミュニケーションについて案じているのだ。そういう人間だとそろそろ開き直るべきなのかもしれない。