2026年1月10日

自身の活動の展望について話したところ、「そういうのは私でもできる」といったような発言を受け取った日だった。まあ、そうかもしれないが、今のところ私はそう思わない。不安な人には、宗教や金やスピリチュアル、食事にまつわる迷信も、いろんなものがつけこもうとするだろう。もてはやされる「発酵」は、そういう類の曖昧だ。私は真っ向からそれに反したい。

目的ではなく手段だ。あるいは単なる結果であった。不思議ではなく科学だと思う。なんでかわからなくて楽しいのも事実だが、べつに神の仕業ではなく理由がある。

私ができることを「私でもできる」と言うのは、それが事実であれ、本当に失礼だ。もう会いたくない。

でも素直に受け止めると、私がやることは「私でもできる」し、しかし一線を画す必要がある。そうじゃないと、仕事にはなりづらいだろう。自分のものづくりに責任を負うことが必要だと思いつづけている。

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